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HISTORY

1937年 ジャズ喫茶エリントン
古くから商業の中心地であった日本橋。紅花の歴史は、その日本橋に青木湯之助がジャズ喫茶エリントンを開店したのが始まりです。ジャズのレコードを聴きながらコーヒーが飲めるお店として、当時は流行の最先端だったそうです。


1943年 お汁粉屋日本ばし
太平洋戦争さなか。戦局が厳しくなるに連れて、世の中はとてもジャズ喫茶どころではなくなってきました。また、肝心のコーヒー豆も入手困難に。そのような戦時経済体制下で湯之助は「人々は甘いものに飢えている」と感じていました。そこでエリントンの隣の空き家を借りて、お汁粉屋日本ばしを開店しました。


1945年 お汁粉屋紅花
順調だった日本ばしですが、東京大空襲により消失してしまいました。すべてを失った湯之助でしたが、終戦後に店を再建。お汁粉屋紅花として新たなスタートを切ります。紅花という名前は妻のかつにより、戦後の焼け野原に咲いた一輪の紅い花に夢をたくして名付けられました。


1947年 コーヒー専門店紅花
戦後、コーヒーなども出回り始め、東京にも進駐軍やサラリーマン相手のコーヒー店がぽつぽつとオープン。「これからは、人々がコーヒーに癒しを求めるようになる」と感じた湯之助は店舗の改装に取り組み、コーヒー専門店紅花として新装オープンしました。

 

1950年 レストラン紅花
コーヒー専門店は日本橋で人気の店となりましたが、それに飽き足らない湯之助は、しばらくして次の商売を考え始めました。本業のコーヒー店と親和性の高いレストランです。湯之助は店舗の2階の一部を改装してレストランを始めます。これがレストランとしての始まりです。

 

1955年 バーベキュー紅花
湯之助の考えた通り、レストランは大繁盛しました。1953年になると日本橋二丁目に支店を開業。その後は事務所、ベーカリー、洗濯工場、農場などの関連施設を次々とオープンしていきます。
1955年には本格的なバーベキューの店、バーベキュー紅花を開業。これが今も続く紅花別館の前身です。
そして1962年にバーベキュー紅花を増築し、1階を鉄板焼き、2階を洋食とし紅花別館と改称しました。

株式会社 紅花

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