BENIHANA 紅花
戦後の日本の外食産業に大きな貢献を残し、
日本の食文化における鉄板焼きの草分け的存在の紅花・・・・
今日も「まごころをお皿にのせて」を合言葉に、皆様をおもてなしいたします。
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紅花別館【日本橋】鉄板焼【日本橋】モンタルチーノ【日本橋】アルコ【池袋】エスト!エスト!【新宿】
社長インタビュー Interview

 1937年、日本橋にて産声を上げた「紅花」。

 創業者であり実父でもある故青木湯之助から青木四郎社長へと受け継がれた現在でも、お客さまに喜んでもらえるレストランをテーマとしている。

 本日はそんな社長に、会社の沿革から将来の目標まで様々なお話を伺った。

■甘味喫茶からの始まり〜そして成長へ
まずは沿革からお伺いしていきたいと思います。
青木
当社は父の青木湯之助が昭和12年に日本橋で甘味喫茶「紅花」を始めたことからスタートしました。その後、戦争で焼け野原になった東京に新しくレストランを構えたところそれが大当たり。以降、本格的にコーヒーショップやレストランなど多角経営に乗り出したというわけです。父は大正末期から昭和初期にかけて俳優等で活躍した人物で、非常にアイデアマンだったそうですから、経営者としての先見の明もあったのでしょうね。
社長の歩みをお聞かせ下さい。
青木
私は18歳の時に交換留学生としてアメリカに渡りまして、その後は父と協力し、当社のアメリカ進出に向けての仕事をしていました。昭和46年には父から独立し、ニューヨーク郊外に合掌造りを移築した鉄板焼きレストランの「GASHO OF JAPAN」をオープンするなどしましたね。その後、父の後を継いでいた母が退職するに伴って6年ほど前に帰国して現職に就任した次第です。
合掌造りをアメリカに移築するというのはとても面白い発想ですが、社長のアイデアだったのですか?
青木
ええ。その頃私はNY郊外でリゾートホテルを経営していたのですが、シーズンビジネスですから、年間を通してできるビジネスをしたいと思い、インパクトのある郊外型レストランを始めようと思ったのです。それで本物の合掌造りを日本から取り寄せたいと考えたのですよ。父・青木湯之助に賛同を得て一緒に日本へ行き、ダムに埋もれてしまう予定だった合掌造りの家を購入して千葉にある当社の農場で組み立てて確認。大工さんも連れてNYへ渡りました。そして、合掌造りの郊外型レストラン「GASHO OF JAPAN」をオープンすることとなったのです。しかし、NYの地元の町役場からは許可が下りず、許可を得ないでオープンしてしまったため、罰金を払うことになるなど街に迷惑をかけてしまいました。しかし、後にその無名だった街が合掌造りで有名になり、地名が地図に載るようになって町長から表彰されたんですよ。今はNYで重要文化財となっております。
お客様の反応はいかがでしたか?
青木
嬉しいことにこれが私の狙い通りとなって大当たりしましてね。1日に1,000人以上のお客さまが来て下さる日もありましたし、何時間でも待って下さる方もいらっしゃいました。ニューヨークタイムスでも合掌造りを使ったレストランが人気だということで紹介されたこともあるんですよ。
それはすごい。そうしたチャレンジ精神はお父様から学ばれたので?
青木
そうですね。私のビジネスの進め方は父の影響が色濃く反映されていると思います。特にレストランを出店する時には教わった事を忠実に守っています。それは「レストランは利益を得るために出店するのではない」ということ。サービスを提供し、お客様に喜んで頂くことがレストランには一番大事だと教わったのです。利益を優先するばかりにサービスが悪かったり、質の悪い料理を提供するようではプロとして恥ずかしいですからね。今もこの基本は徹底して守っていますよ。
■独自の独立支援制度により新たなる風を起こす
お父様からの教えを大切にされているのですね。では、逆に社長の代になって変えられたことなどは?
青木
活性化プログラムとして、当社で働いてもらっている従業員を、単なる組織の一員として扱うのではなく、優秀な人材にはレストランを与えているのです。しかも均一化されたサービスを提供するチェーン展開としてお店を任せるのではなく、それぞれが経営者としてアイデアを出して個性を活かした店舗作りをしてもらっています。たとえば「アルコ」や「モンタルチーノ」、「エスト!エスト!」という店については、そうした方針に共感した店長とともに生まれたものなのですよ。
お店自体を任せてしまうと。ずいぶんと思い切った方針を採られましたね。
青木
そうでもありませんよ。料理人にとって武器というのは腕と能力ですよね。それを私どもがバックアップしているだけなのですから。皆それぞれ個性があり、いろいろな能力を持っています。それを活かしてあげるのが経営者としての務めだと思うのですよ。日本企業は人材を集めることを考えがちですが、私としては優秀な人材を独立させる方が業界のさらなる発展につながるのではと考えているのです。
お父様が社長の能力を評価しておられたように、社長も従業員の力を最大限に発揮できる環境を作っておられるのですね。それでは最後に将来に向けての展望をお聞かせ下さい。
青木
一緒に働いている人が全てのお店のオーナーとなり、それぞれの独自性を活かして頑張ってもらえる環境を造り上げたいと思います。あとは海外では当たり前のチップ制度を日本でも広めたいですね。馴染みのない日本人は面倒に思うでしょうが、チップはお店側としてはスタッフのやる気につながるものですし、払う側としても料理を提供してくれた喜びの表現でもあります。そうしたお互いに感謝する気持ちを持つことが、人間育成にも役立つと思うのです。他にもまだまだ構想はありますけれども、これからも現在の基盤を築いてくれた父に感謝の気持ちを持ちながら、一歩一歩自分なりのやり方で前進していきたいと思います。
ますますのご活躍を期待しています。本日はお忙しいところ、誠にありがとうございました。
 創業者の青木湯之助氏にその経営センスを見込まれ、様々な経験を積み重ねてきた青木四郎社長。就任以来様々な取り組みを行ってきたが、その中でも優秀な人材を支援していく制度を基幹に据えている。企業の経営者である以上、優秀な人材を手中に収めておきたいと思うのが当然。だが社長は敢えてその基本から脱し、独立支援を行っている。それは従業員それぞれの個性を大事にしたいという気持ちと、独立することでより多くのお客さまに喜んでもらいたいと思っているからこそ。一人でも多くの人に喜びを分け与えられるような会社を築くべく、社長の挑戦はこれからもつづいていく。
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